『越境者たち』 (Les survivants) [2022年フランス]
イタリアの国境を越えたアルプスにある別荘の山小屋。妻を事故で亡くして失意の中にいたフランス人サミュエルは、娘を友人に預け、この山小屋で週末を静かに過ごそうと考えていた。その山小屋には、山を越えてフランス側にある難民施設へ亡命のため向かおうとしているアフガニスタン人女性チェレーが避難していた。翌朝、サミュエルはフランスに向かうチェレーを放っておけずに道案内を引き受ける。しかし、そんなふたりの前に立ちはだかるのは、雪山の脅威だけではなかった。監督&脚本はギョーム・レヌソン。出演はザーラ・アミール・エブラヒミ(チェレー)、ドゥニ・メノーシェ(サミュエル)ほか。
7月に日本公開していたのは知っていたのだが私が通える範囲内の映画館では公開されず残念だと思っていたところ、ようやく地元のイオンモールで8月30日から公開ということで観に行った。ドゥニ・メノーシェの可愛さ(?!)目的とポスターから想像できる社会派の映画を想像して観に行ったのだが(動機が不純...)、実際は社会派のシチュエーションホラーでビックリした(日本での売り込み文句はサバイバルホラーだ)。
難民としてやってきた女性とその社会の多数派である男性が出会い、普段は気にも留めない難民を(映画冒頭のバスから難民を見ていた時のサミュエルの無関心な顔)、あるきっかけで助けることになる。まあこういう話はよくあるなと感じだが、それをシチュエーションホラーでやろうというのが上手い発想だなと言うか、かなり斬新だ。雪山の厳しさだけじゃなく、あの排外主義者の3人との抗争もすさまじい(去年のドゥニ・メノーシェ出演の『理想郷』思い出した)。ただあの3人も観客を怖がらせるためだけに行動が過激化しているだけでよく分からないし(犬が死ぬ!)、やたらロングテイクで撮りたがる監督のこだわりもよく分からない。難民のテーマをこういうシチュエーションホラーで取り上げていいのかという疑問も残る。
チェレーのサミュエルに対しての態度はよく描けていて、最後まである種の一線を引いているのが良かった。あれで恋愛関係になってたら、それこそありえないなと思うし。そもそもあの身分証のやりとりがあるラストのシーンだと妻に似ているから自分はサミュエルに助けられたのだとチェレーは思ったはずだし。そんな彼の側に難民で女性で身分が保証されない立場のチェレーがいれるわけないんだよ。それに映画冒頭から娘を理不尽に叱るなど、本作のサミュエルはちょっと大人として欠点だらけだ。しかし最後は娘としっかり向き合うべきだったというところにしっかり着地した。初めに見えない心の傷を抱えていたサミュエルがラストには物理的に見える傷を負って(傷が可視化される)、娘と向き合うのも上手い演出だ。サミュエルみたいな男性は結構いるだろうなというくらいリアリティがある。本作は男性のジェンダーとか心の傷とか禁欲的な男らしさから解放されるというサブテキストがあるのかな。だいたい山に行ったのも現実逃避のためだろうし。男性と山が映画の中で出てきたらは注目すべきなのだろう。
また本作は社会派のシチュエーションホラーだが学ぶところもある。我々が見習うべきはサミュエルではなく、無条件で何も疑うことなく助けた車の運転手の男性だろう。まあ観客はあらゆる点でチェレーと出会うことが無ければ難民を気にも留めなかっただろうサミュエルの態度に近いのだけど。