『ポライト・ソサエティ』 (Polite Society) [2023年イギリス]
ロンドンのムスリム家庭に生まれた高校生リア・カーンはスタントウーマンを目指してカンフーの修行に励んでいるが、学校では変わり者扱いされ、両親からも将来を心配されていた。そんな彼女にとって、芸術家志望の姉リーナが唯一の理解者だ。ある日、リーナが富豪の息子であるプレイボーイと恋に落ち、彼と結婚して海外へ移住することに。彼の一族に不信感を抱いたリアが独自に調査を進めると、リーナとの結婚の裏には驚くべき陰謀が隠されていた。リアは大好きな姉を救うため、友人たちとともに結婚式を阻止するべく立ち上がる。監督&脚本はニダ・マンズール。出演はプリヤ・カンサラ(リア・カーン)、リトゥ・アリヤ(リーナ・カーン)、セラフィーナ・ベー(クララ)、エラ・ブルッコレリ(アルバ)、ショナ・ババエミ(コヴァックス)、アクシャイ・カンナ(サリム)、ニムラ・ブチャ(ラヒーラ)ほか。
南アジア系女性であるニダ・マンズール監督が何十年も温めていた企画であり、彼女の人生が色濃く反映された映画である。カンフーの要素やムスリムで育った価値観や押しつけや愛憎、そしてシスターフッドをロンドンの移民社会のローカルなネタと共にのせているので、非常にエドガー・ライトから影響を受けていると思われる。でも一番真っ先に浮かぶのはクエンティン・タランティーノの『キル・ビル』シリーズだろう(音楽の使い方や字幕の使い方とか)。ラストのリアとリーナが車で走り抜けるシーンの車種などを見て、『テルマ&ルイーズ』などのシスターフッド映画の古典への目くばせもある。監督は自分が受けた作品の影響を見せることに対して何の抵抗もなく、そのへんは清々しいくらいだ。このへんもクエンティン・タランティーノ的と言えるかもしれない。またリアはスタントスターになりたいと思っているあたりも、映画の裏方に焦点を当てようという試みが見られた。
私は大変面白く観た。特にリアの友達であるクララとアルバとコヴァックスとの友情が最高に笑えた。ああいうの良いよね。確かに他のアクション映画と比べるとアクションのキレとかが悪い気もしたが、それ以外にも個人的に笑えて共感するところはたくさんあったので、私は"愛する"映画だなと思った。本作のヴィランでああるラヒーラもとんでもない女性であるが、ああいう抑圧してくる女性は監督の過ごしてきた移民社会だとけっこうリアルな存在と言うか、実際にいただろうなと思わせるくらいリアリティがある(今もいると思うが)。またリーナのような被害にあう女性の生殖だけを目的に子供に縁談を組ませる親も実際にいると思うし。ちょっとあの悪役の描い方は『ゲット・アウト』のようでもあった。
ドラマ『絶叫パンクス レディパーツ!』を手掛けた監督だけあって、音楽のセンスは抜群である。ルーツであるインド映画の曲だけじゃなく、同じくアジア系のミュージシャンであるKaren Oや浅川マキの"ちっちゃな時から"も流れる。一番嬉しかったのが、X-Ray Spexの"Identity"がエンドロールに流れたことだ。X-Ray Spexはイギリスの70年代には非常に珍しい黒人女性のPoly Styreneがフロントマンを務めているパンクバンドだ。"Identity"はイギリスでミックスの黒人女性として生きる葛藤やアイデンティティの喪失について高らかに歌っている曲で、まさに本作のリアやリーナのための曲なのだ。2020年代にこの曲を心の拠り所にしているのは私だけだと思っていたので、監督の音楽のセンスを讃えたいと思う。