@GB19940919’s diary

GB(https://twitter.com/GB19940919) (twitter→GB19940919)の映画感想雑記です。劇場で観た映画からWOWOWやサブスクで観た映画やドラマの感想です。

『ディスクロージャー・デイ』

 

『ディスクロージャー・デイ』 (Disclosure Day) [2026年アメリカ]

 

サイバーセキュリティの専門家であるダニエル・ケルナーは、謎の組織ワーデックスから機密情報を盗み出す。一方、カンザスシティのローカル局で気象予報士を務めるマーガレット・フェアチャイルドは、突如として自身の身に起こった異変に戸惑っていた。接点のないはずの2人は、謎めいた協力者ヒューゴ・ウェイクフィールドに導かれ、これまで数十年にわたり隠蔽されてきた、世界を揺るがす衝撃的な真実を知る。その秘密を人類に開示しようとする彼らの前に、ノア・スキャンロン率いるワーデックスが立ちはだかる。監督はスティーブン・スピルバーグ。脚本はデヴィッド・コープ。音楽はジョン・ウィリアムズ。出演はエミリー・ブラント(マーガレット)、ジョシュ・オコナー(ダニエル)、コリン・ファース(ノア)、コールマン・ドミンゴ(ヒューゴ)、イブ・ヒューソン(ジェーン)、ワイアット・ラッセル(ジャクソン)ほか。

 

 直球にカソリックの話で驚くのだが、ユダヤ教徒のスピルバーグがわざわざこういう話を作るのだがら何か意味があるはずだ。アメリカの最高裁の半数以上がカソリックでアメリカの人口を全く反映しておらず、カソリックの教義で判決を出してしまいそうなアメリカの現実を意識しているのかな。そもそも本作の宇宙人は神様みたいだし、マーガレットは通信の守護天使である聖キアラだし、ダニエルは聖パウロだ。そんな囚われた神様=宇宙人をアメリカから解放する話なので、『教皇選挙』と同じくらいカソリックと権力についての映画かもしれない。

 

 脚本が『宇宙戦争』なども脚本を担当しているデヴィッド・コープなのだが(『ジュラシック・パーク』シリーズが好きな人はつい反応してしまう名前)、私はあまりデヴィッド・コープが好きじゃないのだが(エリック・ロスと同じくらい未だに起用が止まらないのはなぜだろうか)、本作が微妙なのはやはり脚本が弱いからじゃないかと。またトニー・クシュナーと組んでくれないかな。ただ、そもそも本作の話自体は『未知との遭遇』が本作みたいになる予定だったらしく、ということは原案は70年代な訳だが、どうりで色々古臭いなと思う箇所があるわけだ。原案が70年代だからこそベテランのデヴィッド・コープが起用されたのかな。

 

 大事な情報は市民の共有財産と知る権利だ。タイトル通り"開示"することについての映画で、その開示をするのに利用するのがメディア(報道)なのだが、ラストのみんなが電波をつないで生放送していく感じは、同じくスピルバーグの『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』を思い出した。本作は『未知との遭遇』×『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』だ。ただ"開示"したことで、今時あんな感じでみんな画面に夢中になるかは正直微妙だ。そもそもみんなあの宇宙人観たら「E.T.だ!」言うやつ絶対いるはずでしょ、現実では。でもその固有名詞は出せないのがスティーブン・スピルバーグのユニバースなんだよ。

 

 宇宙人がせっかく出てくるのに何か退屈なのはなぜだろうか。『未知との遭遇』みたいに未知との出会いではなく、未知との交渉だからかな。もうめちゃくちゃな世界で、未知がすでに存在している世界でどうやって世界を修正していけばいいだろうか。何となくここにスピルバーグの自問自答がある気がする。このへんは去年の『スーパーマン』もすでにスーパーマンがいる世界を描いていたな。

 

 ただ「宇宙人はいた、アメリカ政府が隠してた」的な陰謀論にそった映画で、むしろエサを与えているのはちょっと危険というか、それは良いのかスピルバーグよ...。スピルバーグってむしろ陰謀論のやり玉によくあがる人物だけど、そんな当人がまさか本気で陰謀論っぽい映画作って来るとは思わなかったよ。心配なんですけど。しかもその宇宙人がグレイ・タイプで古いなと思う一方で、あれだけ批判された『インディ・ジョーンズ/クリスタルスカルの王国』をまだ擦ってくるとは思わなかった。

 

 予告編で今まで以上に私は宇宙人の存在を信じているよと屈託のない笑顔で言っていたけど、本当に子供みたいな人だなと改めて思った(そこが彼の魅力なのだけど)。ただ子供のころの夢にとらわれすぎてしまっていないかと思うのだけど、まあそういう人じゃないとこういう映画は作れないよ。それは絶対的な作家性だよ。

 

 とまあ色々文句を言ってしまったけど、相対的に観て本作のことは好きだよ。スピルバーグだよ、嫌いになるわけないじゃん。好きなので感想に客観性が無くなってしまうんだよ。スピルバーグに思い入れが無い普通の人が本作を観たらおそらくクソ退屈だと思うけど。話は「?」でもカーチェイスとかジョン・ウィリアムズの音楽はすごいのは伝わるはずだ。まさかここで『激突!』回帰してくるとは思わなかった。ここにきて原点回帰だ。若がえってないか?こりゃ、まだまだ新作を作ってくれそうだ。一生付き合いますよ。

 

『レズビアン・スペース・プリンセス』

 

『レズビアン・スペース・プリンセス』 (Lesbian Space Princess) [2025年オーストラリア]

 

レズビアンが治める惑星クリトポリス。この星は数千年にわたり、伝説の武器ラブリュスを呼び出す力をもつクリトピアンの一族によって統治されてきたが、内気なプリンセス・サイラだけはその力を使うことができない。23歳の誕生日、サイラは賞金稼ぎのガールフレンド・キキから、「愛が重すぎる」とフラれてしまう。ショックのあまり部屋に閉じこもって泣きじゃくるサイラのもとに、かつて宇宙最強を誇ったストレート・ホワイト・メイリエンズから、キキを救いたければ宇宙一危険な惑星までラブリュスを持って来いと脅迫の電話がかかってくる。サイラはネット掲示板の情報を頼りに、自分の内に眠るラブリュスを解放するべく、パリピの惑星・Sクラブ17を目指すことになる。壊れかけの宇宙船に乗り込んだ彼女は、道中で出会ったミュージシャン志望のウィローと共に、銀河を巡る大冒険を繰り広げる。監督はリーラ・バーギース、エマ・ハフ・ホブス。

 

 タイトルから簡単に想像できるようにかなり癖が強く、クィアや昨今のSNSでの活発なジェンダー理論の知識が無いと何を話しているか分からないのではないかなと私が不安になるくらいにはかなりクィアなアニメーション映画だ。まず簡素なアニメーションなので何か洋画のアニメーションの動きの凄さを期待して観に行くと肩透かしを食らうと思うが、NHK教育で放送していそうなアニメタッチでどこか懐かしさを覚えたのは私だけだろうか。

 

 全体的にクィアなユーモアとギャグで貫かれた野心的な作品だが、私は監督が「これを見せたい、クィアなあなたなら分かるでしょ」というレズビアン(及びゲイ)・ジョークが大変面白かった(ラブリュスの斧が女性の下半身の形なのは直接的すぎるでしょ 笑)。それ以外にも映画あるあるをメタ的な視点でツッコむというシーンの数々も面白い(クラブのシーンでサイラとウィローがクラブの爆音に負けないように大きな声で喋っているのに会話が成立しないシーンとか、よく映画とかでクラブシーンなのになぜか会話が普通にできてしまう「映画的ななぜ」に対してのメタ的なツッコミ)。

 

 色々宇宙を旅しながら恋愛と恋人に依存していたサイラが最終的に自尊心を取り戻して、恋愛も大事だけどまずは友達を作ろうとかなのは本当にその通りというか、やはり恋愛ってそれが終わっても自分の人生にすぐに戻れる人じゃないとけっこう危ない行為だからね。そしてこれはあのストレート・ホワイト・メイリエンズにも言えることで、笑ってしまったけど、サイラが言うように女性と付き合えたところで別に自分たちの問題が解決するわけじゃないんだよね(それに気づけて幸運だね)。女性とジェンダーを描くときに、結局抑圧する側の男性の問題を追及するのはやはり常だし、しっかり繋がってるということなのだろう。ただ最後は「女を求めずに、あんたたち男3人で愛し合えばいいじゃん」って感じで終わるのだけど(これは本当に真理)、抑圧する男性に対して優しいだけじゃなく、厳しく笑い飛ばす視点がこの映画にはある。

 

『億万長者の不都合な結末』

 

『億万長者の不都合な結末』 (Rich Flu) [2024年スペイン・チリ・アメリカ]


ストリーミング・プラットフォーム企業で重役プロデューサーとして働くローラは、家庭を顧みずキャリアを優先し、華やかな映画業界での成功を目前にしていた。だがその矢先、世界では裕福な人々を次々と死に至らしめる奇病「リッチフルエンザ」が突如として蔓延する。富が成功の象徴から“淘汰の印”へと変わったことで資本主義の社会は崩壊し、世界は混乱へと陥っていく。そんな極限状態の中で、ローラはある決断を下す。監督はガルデル・ガステル=ウルティア。出演はメアリー・エリザベス・ウィンステッド(ローラ)、レイフ・スポール、ティモシー・スポールほか。

 

 「もし...」の社会をブラックユーモアたっぷり描く作品なのだが、全体的に薄味というか、やりたいことが上手く整理できていないし、そもそも難民の置かれている状況を追体験するみたいなものが今の世の中でブラックユーモアとして成立するのかなと思うのだけど、最後のローラが物々交換で生活していくコミューンで「物を所有したい」という気持ちで綺麗な貝を作り出して、資本主義の誕生は「所有したい」という気持ちから始まるんだというのを差し込みたかったのかなと思うと、何となく本作の狙いが理解できた。

 

『LOST LAND/ロストランド』

 

『LOST LAND/ロストランド』 [2025年日本・フランス・マレーシア・ドイツ]


難民キャンプで暮らす5歳のシャフィと9歳の姉ソミーラは家族との再会を願い、叔母とともに遠く離れたマレーシアへ向かう。パスポートを持つことができない彼らは密航業者に導かれるまま漁船に乗せられ、自然の猛威や警備隊による追跡、人身売買の危機に追い込まれながらも、過酷な道のりを必死に乗り越えていく。監督は藤元明緒。

 

 どうやって撮影したんだろうと不思議に思うほど初めての演技とは思えないくらい自然な映画であるが、描かれるていることは非常につらい映画だ。ロヒンギャ族が映画の主題になること自体珍しいので、たとえ日本人の監督作だとしても多くの人に観て現状を知ってほしいなと思いつつ、どうしても途中できょうだいの姉の方が亡くなる必要があったのかなと思った。もちろん移動の最中で残念ながら亡くなってしまう難民はいるだろうし、それを描こうとするのは悪い事ではないのだけど、最後の最後にあんな風に衝撃に亡くなってしまうのは少し残酷すぎる気がした。

 

 こういう子供たちの現状を描く映画で、大体がきょうだいの女の子の方が亡くなることが多いのだが、確かにそれはリアルな数字なのだろうが、どうしても映画というのを通して考えると、女の子が亡くなる方が映画的に衝撃的なんだろうなと思うと、犠牲の描写というのは非常にジェンダー化されている。複雑な気分になるし、やりきれない思いだ。

 

『さよなら、僕の英雄』

 

『さよなら、僕の英雄』 (Den sidste viking) [2025年デンマーク・スウェーデン]


強盗事件で服役していたアンカーは、出所後、事件の際に大金を隠した兄マンフレルと15年ぶりに再会する。しかしマンフレルは隠し場所を忘れているばかりか、自身をジョン・レノンだと思い込むようになっていた。2人は隠した大金の入ったバッグを探す旅に出るが、その道行きはやがて、それぞれが自分自身の在り方を見つめ直す旅へと変わっていく。監督はアナス・トマス・イェンセン。出演はミッツ・ミケルセン(マンフレル)、ニコライ・リー・コス(アンカー)ほか。

 

 デンマークでは興行収入を乗り換えるくらいのヒットだったらしく、凄いなと思う。基本的にはABBAとかThe BeatlesとかIKEAのクダリなどユーモアがある映画なのだが、突然ものすごい暴力的なシーンが差し込まれたりして驚く。私の周りにいた人で暴力描写に体制が無い人がけっこう驚いている声も聞こえてきた。この男性の暴力と過度の男らしさと家庭内暴力と家庭内の暴力の再生産が本作のテーマなので、何となく暴力描写が差し込まれるのも意図的なのかな。私はよく理解できなかったのだが、バイキングの話が差し込まれるのとか、よく有毒な男性たちによって祭り上げられるバイキング文化を少し皮肉っているのだろう。

 

 ただ男性たちの絆をじっくり描く割には、女性の描き方が悪いというか、久しぶりにミソジニーを感じた。まず兄弟の描き方に反して、姉はただ過度に暴力を振るわれているだけだし(せめて彼女がやり返すシーンがあってもいいのだけど)、兄弟の滞在先にいた女性も思いっきり殴られて、それに対しての回収もない(そこだけじゃなくて普段の描き方も非常に憎らしいものがあった)。暴力を批判する作品の割には、そのへんの暴力の描き分が全くできていない作品だった。

 

『プリティ・クレイジー 悪魔が引っ越してきた』

 

『プリティ・クレイジー 悪魔が引っ越してきた』 (Pretty Crazy) [2025年韓国]


休職中の青年ギルグはある日、階下に引っ越してきたパン職人の女性ソンジに一目ぼれする。しかし、その晩遅くに再び遭遇したソンジは、昼とは全く違う様子だった。彼女の父ジャンスから、ソンジは昼間は優しく聡明だが、午前2時になると悪魔が目覚め、別の人間に変貌してしまうと聞かされたギルグは、ジャンスに頼まれ、深夜のソンジを見張るという風変わりな仕事をすることになる。ソンジは毎夜街に繰り出し、わがまま放題にギルグを振り回すが……。監督はイ・サングン。出演はイム・ユナ(ソンジ)、アン・ボヒョン(ギルグ)、ソン・ドンイルほか。

 

 韓国映画のホラー映画でよく題材になる「悪魔とりつき系」をラブコメディにしてみたらというのが最大の見どころで基本的にはコメディで笑える作りになっている。ただ韓国のコメディ映画あるあるの唐突にあるツッコミ的な暴力もあるので、ちょっと肌に合わなかった。またソンジは悪魔にのっとられている間はどうも記憶が無いようで、その間にやっているアレコレや無許可でやられているアレコレなどを考えると、あまり笑えないというか、ちょっとどうなのかなと感じた。

 

『ジェニー・ペンはご機嫌ななめ』

 

『ジェニー・ペンはご機嫌ななめ』(The Rule of Jenny Pen) [2024年ニュージーランド]

 

正義感の強いステファン・モーテンセンは、法を守る強い信念とプライドで長年にわたり判事として働いてきた。病に倒れ車椅子生活を余儀なくされた彼は、郊外のケアハウスに入居する。そこには、「ジェニー・ペン」と名付けたドールセラピー用の指人形を手に陰湿ないじめで老人たちを支配する、デイヴ・クリーリーという邪悪な入居者がいた。彼と敵対したステファンはいじめの標的となり、デイヴによる理不尽で屈辱的な嫌がらせは次第にエスカレート。正義のために闘い続けてきたステファンは、人生最後の壮絶な闘いに身を投じていく。監督はジェームズ・アッシュクロフト。出演はジョン・リスゴー(デイヴ)、ジェフリー・ラッシュ(ステファン)ほか。

 

 ポスターから感じるホラーとはだいぶ違う感じで、この人形が呪われていて人間を操って悪いことをしてくる系ホラーかと思いきや、根っこから性格が悪い男が同じ入居者に嫌がらせる系の話で少し肩透かしだった。個人的に福祉系の仕事に従事している私からするとツッコミどころ満載なのだが、こういう映画でジョン・リスゴーとジェフリー・ラッシュが共演するのを観るだけでも元が取れる。最近はホラー映画バブルなのだが、これもその流れでできた映画なのかな。だとしたらホラー映画は、ベテランの俳優にとってすごくチャンスなのかな(『WEAPONS/ウェポンズ』もそうか)。