『アイアンクロー』 (The Iron Claw) [2023年アメリカ]
1980年代初頭、元AWA世界ヘビー級王者のフリッツ・フォン・エリックに育てられたケビン、デビッド、ケリー、マイクの兄弟は、父の教えに従いプロレスラーとしてデビューし、プロレス界の頂点を目指していた。しかし、世界ヘビー級王座戦への指名を受けた三男のデビッドが、日本でのプロレスツアー中に急死したことを皮切りに、フォン・エリック家は次々と悲劇に見舞われ、いつしか「呪われた一家」と呼ばれるようになっていく。監督&脚本はショーン・ダーキン。出演はザック・エフロン(ケビン)、ハリス・ディキンソン(デヴィッド)、ジェレミー・アレン・ホワイト(ケリー)、スタンリー・シモンズ(マイク)、ホルト・マッキャラニー(フリッツ)、モーラ・ティアニー(ドリス)、リリー・ジェームズ(パム)ほか。
映画では5兄弟と設定だが、本当は6兄弟で末っ子の男の子がいたらしく、彼も自殺したらしい...映画より実際の現実が不幸ってやりきれないよ。辛すぎる。監督が実話より映画の方をマイルドにした気持ちはすごく理解できる。
ラストのケビン以外の4兄弟が天国らしき場所で再会するシーン。冒頭のケビンがジョギングしてた場所と同じで、あれはこれから一人で走って生きていけなければならなくなるケビンの人生の隠喩だったんだね。映画の冒頭とラストが重なる大事なシーンだった。天国の景色、あれは母親ドリスの頭の中のこうなっていて欲しい情景、描ていた絵の中だろうね、ラストに絵を描いていたし(文字通りの映像化でありああいうのは映画の強みだ)。母親ドリスは信仰で息子たちを守っていたというケビンの冒頭のナレーションがここでもしっかり回収されている。天国っていうのは、希望としての信仰であるということが示される宗教映画でもあるなと。
全体的に凄く良い映画で、撮影も凝っている。プロレスに全く詳しくない私でも、プロレスシーンは興奮した。もちろん役者たちの演技は言うまでもない。特にザック・エフロンの表情だけで見せるシーンの連続に感動したよ。家族を通して田舎(時に校外)の80年代を撮るという面では監督の前作である『不都合な理想の夫婦』に似てる。前作はロングショットを多用していたが、本作ではプロレスのシーンでそれが垣間見れるも、実在の人物がモデルなためか、ケビンの視線を中心に据えていた。
あんまり触れたくないのだけど、父エリックが本当に嫌な奴で、一番ヤバいのは子ども達に「Yeah Sir」って言わせているところだ(残念だけど日本語字幕だとこのニュアンスが上手に伝わらない)。銃に固執していて、周囲の人間を徹頭徹尾支配したいと思っている人間って確実に共通項があるなと(『プリシラ』のエルヴィス・プレスリーもそうだったが)。結婚式で妻ドリスが「もう妊娠の心配がないしね」なんて冗談で言うんだけど、あの冗談一つとってもエリックの妊娠観というか子どもに対する考え方が分かる。セリフ一つ一つに父エリックの毒っ気を潜ませる巧みさがある映画でもある。
話の内容も父と息子大好きなアメリカで受けそうな内容だが、ケビンの息子たちの「僕たちもよく泣くよ」というセリフにあるように男性の禁欲的なジェンダー問題を描いている(まあこれもよくある題材ですが)。本当にアメリカは父と息子の話が好きなんだ。あとレスラーに限った話じゃないけど、80年代の業界人の体制の問題も指摘していたと思うし、兄弟たちの死に間接的に関与している業界も悪いしね。今は80年代よりよくなっていると思いたいよ。