『対峙』(Mass)
高校銃乱射事件の被害者家族と加害者家族による対話を描いたドラマ。アメリカの高校で、生徒による銃乱射事件が発生。多くの同級生が殺害され、犯人の少年も校内で自ら命を絶った。事件から6年。息子の死を受け入れられずにいるペリー夫妻は、セラピストの勧めで、加害者の両親と会って話をすることに。教会の奥の小さな個室で立会人もなく顔を合わせた4人はぎこちなく挨拶を交わし、対話を始めるが……。
2021年、アメリカ製作。言語は英語。上映時間は111分。レイティングはG。日本配給はトランスフォーマー。
監督はフラン・クランツ、出演はリード・バーニー(リチャード)、アン・ダウド(リンダ)、ジェイソン・アイザックス(ジェイ)、マーサ・プリンプトン(ゲイル)。
ほとんど室内のシーンが続く映画だが、会話劇の中で何回もカメラが切り替わるので、撮影する方もされる方も何度も同じセリフのシーンを撮影したのかなと思うととても苦労して撮影したのかなと思う。銃乱射事件の被害者家族と加害者家族が話し合いをするというとても重い内容の話で、最後は互いの気持ちをぶつけ合うことで自分たちの気持ちに整理をつける話だ。
意義のある映画だと思うが、私はあまり好きではなかった。(むしろ嫌いな部類に入る) というのもまずこの対話は被害者と加害者の親が話し合うのでもちろん当事者たちは話し合いの中でしか出てこないのだが、まずそれが当事者たちの気持ちを置き去りにしているような感じがして好きじゃない。(そこは映画の肝じゃないのでこういう感想を抱くこと自体この映画を否定しているのであまり良い感想じゃないのは分かってます) それに親があーだこーだ一方的に話し合うのがまず好きじゃないのに、その私が好きじゃない行動をひたすらみせられるのは辛い。
次に4人で加害者であった少年の話をするのだが(名前忘れた)、その話の内容が「友達が少なく孤独だった」「実は成長に問題があったのではないか」「実はあのときの不自然な行動があの乱射事件につながったのではないか」みたいな話を"想像"で話すのだけど、それがまず間違っていると思うし、その不自然な行動って多かれ少なかれティーンエイジャーはするだろって思う。これは個人的な話だが私はこの映画で話される加害者の子とほとんど同じようなティーンエイジャーだったので、余計にこの4人の話にイラついたんだと思う。
加害者の子の不自然な行動ばかりに焦点が当たり、アメリカの銃社会についてはほとんど言及が無かった。どう考えても銃乱射事件の背景にはアメリカの銃社会に原因の一端があるはずだが、この映画ではほとんどそこには焦点が当たってなかった。あくまで個人の視点にのみ焦点があたり、社会という概念がないのかなと思うが、おそらく意図的に社会には焦点をあてないようにしていたと思う。社会に焦点を当てると映画の軸がブレるのでしょうがないと思うが、銃規制反対派はこの映画を観て「だから銃自体が問題ではなく、銃を扱う人間個人の問題である」くらいは言いそうであるので危ない視点がある映画だと思う。あまりTwitterでそういう感想を見なかったが...
次にこの対話が行われるのが教会なのだが、対話が終わる直後に光が差し込むシーンがあり、4人が信仰に導かれているように見えて気持ち悪かった...また最後にジェイソンとマーサが聖歌隊の歌声に感動を覚えるのもあまりにも出来すぎていて気持ち悪い...私は性格に難があるので、この光が入って信仰に目覚めるシーンは、「(アン・ダウトが出ているのだから) 何かしらを"継承"させるべきだろう...」と不謹慎だが素直にそう思った。
ただし信仰に焦点が当たるのはしょうがないというか。こういう気持ちに寄り添うのって宗教がどうしても強い。この世俗化された世界ではどうしても感情に寄り添うのが人間同士の対話ではなく宗教に頼り切りになってしまうので。(カルトがなくならないのもそれが理由だろう。)