
『おくびょう鳥が歌うほうへ』 (The Outrun) [2024年イギリス・ドイツ]
ロンドンの大学院で生物学を学んでいた29歳のロナは、スコットランドの故郷に10年ぶりに帰ってくる。恋人との別離、暴力的な体験、入院など、人生が限界を迎えた末に、彼女は依存症の治療施設に入所し、90日間のリハビリプログラムを経て断酒生活を開始した。故郷の野鳥保護団体で働きながら孤独な時間を過ごすなかで、少しずつ自らの内面と対話を重ねていくロナだったが、数々のトラブルを引き起こしてきた記憶の断片が彼女を悩ませ続ける。監督はノラ・フィングシャイト。出演はシアーシャ・ローナン(ロナ)、パーパ・エッシードゥ、スティーブン・ディレイン、サスキア・リーブスほか。
シアーシャ・ローナンが初めてプロデュースも兼任している作品らしく、彼女も最近の流れである主演とプロデュースを兼任する女性の俳優たちの一員になった。本当に時代が良い方に変化してきたなと思う一方で、彼女たちの多くがパートナーである夫と一緒にプロデュースしているので、ちょっと既婚者優位の流れだよなとも感じる(もっと言うと映画で主演になりやすい白人女性中心のムーブメントになりそうだが)。
原作がある映画だが、『システムクラッシャー』のノラ・フィングシャイト監督らしく、本作でも一筋縄ではいかない世間一般が思う"普通"から逸脱した女性を非常に魅力たっぷりに複雑に描いている。そんなロナがオークニーの自然から活力を貰い、再生する過程を描いていて、エコ・フェミニズムっぽいところもある。特に若い女性のアルコール依存症とそのせいで人生や人間関係が崩壊していく様、そこから立ち上がる姿をこれでもかというくらいじっくり描いているので、女性と病気を描く映画の系譜にある作品かもしれない。
ただ、"治った"状態を描くのではなく、ちょっと曖昧なままラストを迎えるのが、非常に今っぽいというか、じゃあ「平常な状態って何ですか?」と問いかけるような終わりである。そのコントールできない混沌としている様を見せて終わるのは、ロナがまさに混沌としているそのものである自然、そして自然そのものと一体となったオーケストラの指揮をするラストで非常に巧みに描写される。時系列がずっとバラバラなのもしっかりロナの心象を映していたのだと思う(若干、分かりづらいが)。
それ以外にも、うつや精神疾患の親から子供への遺伝、オークニーの神話、アザラシやおくびょう鳥への言及や見せ方など、面白い点が他にもいっぱいあった。もちろんシアーシャ・ローナンの魅力が素晴らしい。ただロナの恋人役でパーパ・エッシードゥが出てくるのだが、『MEN 同じ顔の男たち』でも白人女性の恋人役でちょこっと出てきていたのだが、同じような役ばかりだなと少し勿体な気がした。