
『スマッシング・マシーン』 (The Smashing Machine) [2025年アメリカ]
1997年に総合格闘技デビューしたマーク・ケアーは、無敗のまま頂点へとのぼりつめる。UFCでの連覇を経て日本のPRIDEでも快進撃を見せた彼は、「霊長類ヒト科最強の男」の異名で恐れられる存在となるが、その重圧は彼の心を静かに蝕んでいた。ケアーは徐々に鎮痛剤への依存を深め、恋人ドーンとの関係も悪化していく。やがて初めての敗北を経験した彼は、ついに自らの弱さと向き合い、人生の再起をかけてもう一度リングに立つことを決意する。監督はベニー・サフディ。出演はドウェイン・ジョンソン、エミリー・ブラント、大沢たかお、石井慧、光浦靖子、布袋寅泰ほか。
兄のジョシュ・サフディが日本を舞台に実在の卓球選手を描いた『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』を作り出したが、面白いことに同時期に弟のベニー・サフディが同じく日本を舞台に実在の総合格闘家を描いた映画を作り出すのは非常に面白い(両作ともA24が製作・配給)。しかしもっと面白いのがモチーフが違うだけで、話の内容はほとんど同じ敗者の物語だということだ。
ただ厳しいことを言うと、だいぶ兄のジョシュ・サフディの方が寓話としての伝記映画の見せ方が上手く、弟のベニー・サフディは真面目過ぎるがゆえに寓話としての伝記映画の見せ方があまりうまく無い気がした。兄の方が面白いけど友達にはなりたくないと言っていた人がいたけど、私もそう思う(それゆえ弟のベニーは役者としてのキャリアの形成も上手いのだろう)。
まずモデルになったマーク・ケアーがご健在の方で、かつ主演のドウェイン・ジョンソンがプロデューサーも兼任しているためか、非常にクリーンな話になっている(嫌な話はしたくないって感じ)。肝心の格闘技の試合の見せ方も全く盛り上がらないし、マーク・ケアーも何を考えているのかよく分からない。どうやら本作には元ネタであるドキュメンタリーがあるらしく、本作はそれにそっくりらしい(しかもそのドキュメンタリーをA24が買い取って比較して見せないようにしているらしい)。
じゃあ一番本作の映画的なオリジナル性はどこにあるのかと言うと、マーク・ケアーと恋人のドーンとの関係らしい。ただその恋人関係も全く情熱的じゃなくて、ドーンとありえないくらいの喧嘩をしているのに、次のシーンでは何も説明もなく二人がヨリを戻しているし、ただ有毒な関係で終わってしまっている(DVを甘くとらえ過ぎじゃないか)。このあたりも役者の演技に頼り過ぎで、何かテキトーにお茶を濁して逃げている感じがした。
日本人の描き方もすごく酷い訳ではないのだけど、なんかずっと全員冷たい雰囲気がしていて機械っぽいのでステレオタイプ的だ。一番しっかりしているのが布袋寅泰がギターで国歌を演奏しているシーンなのだけど、あれはただの当時の再現で、本作の独自の努力ではない。(あの国歌の演奏ってジミー・ヘンドリックスの再現かな。だとしたらやはり布袋寅泰ってどこかずれているよね)。全員冷たい感じがするのは、おそらく本作の演出の仕方がドキュメンタリー風に撮っているからで、そもそもそういう演出がこういう映画に合ってないだろうと思った。